Q.1)Psykakuten 結成のきっかけは?名前の由来は?
K (steso songs):知り合ってすぐに Psykakuten が生まれたわ。遠くに住んでいたから、初めはお互いの音楽を送り合っていたの。そしたらあら不思議、ストックホルム郊外の Årsta で同じアパートに住む事になった。私は Steso Songs のデビューアルバムをリリースしたばかりでとても疲れていたわ。話すには疲れ過ぎていたけど、一緒に演奏して歌うのは苦じゃなかった。ヘンリックも沢山の曲のアイデアを持っていて、私も一人じゃ完成出来なかった新曲がいくつかあったの。バンド名の Psykakuten はずっと頭の中にあったの。ヘンリックと音楽を始めたとき、この名前がぴったりだと思ったわ。だって私達の曲すごく
Psykakuten だもの。

Q.2)カロライナは2010年に Steso Songs のアルバムをリリースしました。Steso Songs と Psykakuten の最も大きな違いとは?
K:Steso Songs は私だけで、Psykakuten は私とヘンリック二人。Psyskakuten で音楽を作る方が楽ね。ヘンリックはエネルギッシュで創造力に溢れていて、私を引っ張ってくれる。Steso
Songs はもっとゆっくりのペースだわ。
H:そうだね。Steso Songs はカロライナのソロプロジェクト。たまにバックミュージシャン、エンジニアなんかとして手伝うけれど。Psykakuten は二人のバンドだ。僕のプロジェクトをカロライナが手伝ってくれている、とも言える。だから、彼女にとっては楽な方。僕にとって Steso Songs の方が楽な様にね。
Q.3)ヘンリックはミステリアスな感じがしますが、自己紹介をお願いします。このバンドでは何をしているのですか?

H:音楽はずっと長い事やっているんだよ。大体ドラムかギターだね。スカンジナビアのアンダーグラウンドシーンで成功したバンド(Doktor Kosmos、Fint Tillsammans)にもいたし、もっとメインストリームなバンドにもいたよ。The Hives や Moneybroker などのエンジニア・プロデューサーもやっているんだ。
K:私の知っている中では、一番クリエイティブで働き者だわ。何が好きで嫌いか良くわかっている。 Psykakuten で、録音したり新しい事にトライしたりするのは全て彼。いきなり曲のアイデアを聞かせてくれたり、天才だと思う。あまり褒め過ぎるのは好きじゃないんだけど、この人は無理。
H:優しい事言ってくれるね!君だって天才じゃん!
Q.4)好きなアルバム3枚教えて下さい。
H:うわ、難しい質問だな。毎日変わるんだけど、いつも持ち歩いているのは、Lou Reed「Berlin」、John Cale「Paris 1919」、そして Eno「Here Come The Warm Jets」。面白い事に3枚とも1973年にリリースされたんだ。
K:難しわね。Red House Painters の「Down Colorful Hill」はすごく大切な一枚。Fleetwood Mac「Rumours」、PJ Harvey「White Chalk」、The Gun Club「The Las Vegas Story」、Bruce Springsteen「Nebraska」、Mogwai「C’mon die young」、それから Kate Bush、Brian Eno、Cocteau Twins。3つなんて選べない。いつも変わるんだもの。
Q.5)ファーストアルバム「Psykakuten」が2010年にリリースされました。レコーディングはどうでしたか?
K:私もヘンリックも住む所が無くて、友達がアメリカに2か月行っている間、二人で彼のアパートを借りていたの。たくさん楽器があったから、一緒に演奏・録音し始めたわ。ヘンリックがブエノスアイレスや他の所で録音したものも使いつつね。最初は曲と呼べる様なものじゃなかったわ。でも段々と形を作り始めて、アルバムが出来上がってた。Steso Songs のアルバム作りで私は疲れきっていたから、ボーカルはお風呂に入っている時に録ったのよ。
Q.6)Psykakuten からは、60年代ピアノポップ、ノイズロック、エレクトロポップなど色々な音楽が聴こえてきます。核心的にやった事なのでしょうか?
H:違うね。自然にそうなっただけ。
K:違うわ
。自然に起こったの。
Q.7)「The day my friend died」の歌詞のテーマは何ですか?
H:いくつかの事が合わさった曲だよ。僕とカロライナの友情の事だったり、僕の祖父が死んだ時の事だったり。
Q.8)「Still Knocked」は15分にわたる長い曲です。どのようにして作られたのですか?
K:友達になってすぐの頃に交わしたメールでの会話に基づくんだ。ブエノスアイレスに住んでた頃だね。そこにいる友達が歌詞の朗読で参加してくれているよ。
Q.9)セカンドアルバム「Maybe Tomorrow」はとてもユニークですね。12曲全てが「Maybe Tomorrow」と名付けられていますが、全て違う曲です。このコンセプトはどこから来たのでしょうか?
K:ある日、「Maybe Tomorrow」という名の素晴らしい曲がたくさんあると気付いたの。Maybe
Tomorrow(きっと明日は)という意味も素敵よね。希望がある。毎日大変、でもきっと明日は良くなる。デビューアルバムよりも希望があるものを作りたくて、「Maybe Tomorrow」と名付けられた12曲をカバーする事にしたのよ。
H:その曲達を使って何か良い事が出来るか、楽しいチャレンジでもあったよ。「Maybe Tomorrow」は、ダークなファーストアルバムを作った後の Psykakuten にぴったりの言葉だったしね。もっと希望のある未来。一枚目とは逆だ。
Q.10)「Maybe tomorrow」という言葉はあなたにとって何ですか?
H:すごく好きな言葉だよ。時々持つ希望についてだ。希望を捨ててしまった世界に唯一残る希望なのかな。
K:上でも言った様に、毎日大変、でもきっと明日は良くなる。
Q.11)様々な音楽スタイルが聴こえます。前作より少し不思議な気もします。前作と今作の違いは何でしょうか?
K:「Maybe Tomorrow」は、もう既に形になっているものを作り上げていったわ。オリジナルを変え過ぎずに、Psykakuten の音にしようとしたの。前作では、形やルールが全く無かったわ。
Q.12)歌詞も一曲一曲違う事を歌っているのでしょうか?
K:ほとんどが愛についてね。失恋した者の希望。全曲そうなのかも。
H:そうだね。馬鹿げたラブソングからブルース、パンクな歌詞まで様々だ。でもやっぱりほとんどがクラシックで(馬鹿げた)ラブソングだね。
Q.13)9曲目は、ヘンリックが歌いギターがはちゃめちゃで素晴らしいです!どのようにして出来た曲ですか?
H:基盤をスウェーデン北部の小さな町ヘーノーサンドで作ったんだ。ダンスパフォーマンスの為に働いていたときだね。後はストックホルムで作った。曲が完成したの時は、ストックホルムの外にある島で、暗くて何だか怖い夜だったよ。この島には電気が通ってないから、ガソリン式の発電機を持って行って録音に必要な機械を繋げた。海の波はうねり、フクロウが鳴き、僕はギターを弾いた。
K:「Maybe Tomorrow」の為に録音した曲達をヘンリックが送ってくれたの。iPodを持って散歩に出掛けたわ。彼が歌っているのを聞いてびっくりした。すごく面白いと思ったの。美しかったし。
Q.14)Psykakuten はライブもやるのですか?ライブであなたの曲を演奏するのは大変な気がするのですが。
H:うん。ステージで演奏する方法を作り上げている所だよ。40人のギタリストをフィーチャーしたライブなんかもやるんだ!
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Q.15)Psykakuten のこれからと希望を教えて下さい。
H:新しいアルバムの為にレコーディングしているところで、来年とても長いワールドツアーに出ようと思っているよ。一昔前の様に、一年くらい留守にして世界中で演奏するんだ。今は色々な人や団体に手伝ってもらえる様に声をかけているよ。
K:毎年少なくとも1枚はアルバムを作る。スウェーデン以外の国でライブをする。
インタビュー by 佐藤一道(Monchicon! / Kiki)
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